みなさんは、 「ピンポンさん」 という本を読まれたことがあるだろうか?
知る人ぞ知る、卓球選手の生涯と、彼を支えたある女性の人生を描いた本である。
徳子は、去年、この本を読んで、かなりの感動を受けたらしい。
また、こういう女性が世の中にいたということに、ひどく感銘を受けたのであった。
書き出しはこれだ。
「東京・吉祥寺の五日市街道と宮本小路が交わるところに、かつて木造の小さな卓球場があった。・・・・・・。」
(中略)
「武蔵野卓球場が開場50周年を迎えたとき、荻村伊知朗はもう久枝の隣にいなかった。」
世界選手権のタイトルを12個も獲得し、現役を引退してからも、国際卓球連盟会長として、世界各国を飛びまわり、「ミスター卓球」 あるいは 「ピンポン外交官」 と呼ばれた荻村さんを支えたおばさんの人生の記録の本である。
当然、荻村さんのお嫁さんになる方とのなれそめも書いてあった。
なんと荻村さんが伴侶に選ばれた方は、土佐女子高校出身の高知代表の国体選手だったから驚き桃の木だ。
結婚後、2人でダブルスを組み、一度は優勝したという、卓球カップルだ。
お孫さんも卓球をしているというから、なかなかだ。
さて、荻村さん、練習量も、卓球にかける思いも、半端じゃない。
ストイックなまでに過酷な練習を自身に強いてきた荻村さんの人生は、まさに卓球人生とよぶにふさわしい。
どこかのDB家族とは大違いだ。
しかし、そのDB家族にも野望はあるらしい。
今回お邪魔した○谷さんの生き方に、ふと、このピンポンさんが重なったのである。
卓球が好きで、狭いながらも卓球場?があるラジコンマンとしての野望である。
○谷さんのように、客人をお迎えして、卓球を通して、交流をすることができて、地域社会にほんの少しでも貢献できたらなあ・・・という野望である。
また、もっと大きな夢は、 「○伍杯」 ならぬ 「ラマン杯」 でも立ち上げ、大会後は盛大な慰労会をしようではないか!という魂胆である。
しかし、ここで問題発生。
大会運営となると、アナウンサーをはじめ、対戦表作り、交渉、会場準備等々、並々ならぬ労力がいることを忘れておった。
まあ、今のところは、週に1人程度、同レベルの客人を招いて、 「ともに卓球の腕を上げよう会」 にしておくのが、関の山だ。
愛媛の南予で、卓球場と寝食をともにするくらい、卓球に人生をかけておられる○谷さん、万歳!
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